第12章 今西進化論
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ダーウィンとは異なる進化論?
今西錦司(1902~1992)という日本の生態学者が提唱したもので、ダーウィンとは異なる進化論というイメージがあるせいか、今でも一定の人気がある 今西進化論は科学的な理論というよりは思想というべきものかもしれないし、書かれた時期によって内容もかなり変化している
今西の考えた進化というものを、具体的に描き出すことはなかなか難しい
今西はびっくりするほど強烈に、ダーウィンの自然選択説を否定する
現在では否定されている進化仮説の一つに、定向進化説がある 今西は定向進化説そのものには好意的
定向進化論者にとって一番重要なことは、定向進化説を主張することであって、自然選択説を否定することではない
ところが今西にはそれが不満らしい
「定向進化説の主張」が従で「自然選択の否定」が主であるべきだと思っているようだ
今西の主張は時期によってかなり変化するが、自然選択説の否定に関しては常に一貫していて決してぶれない
このような自然選択説に対する強烈な拒絶には、自然科学とは直接関係ない思想的あるいは社会的な背景があるのかもしれない
自然選択説の否定
自然選択の仕組みは以下のように表せる
1) 同種の個体間に遺伝的変異がある
2) 生物は過剰繁殖する
3) 生殖年齢までより多く生き残った個がもつ変異が、より多く残る
今西が批判しているのは(1)と(3)
走るのが速いシマウマの子供は、必ず走るの速いわけではなく、中には走るのが遅い子供もいる
実際、遺伝率が100%の形質はほとんどない
今西は、中間の遺伝率を認めない
遺伝率が100%でないなら0%だと考えているようだ
シマウマの走る速さの遺伝率は0%ということだ
これは事実に反するが、それでもいま西の考えは理解できる
変異が遺伝しないなら、自然選択は働かない
だから自然選択を否定しているのだろう
しかし、自然選択にはいくつかのタイプがある
今西は方向性選択を否定するが、安定化選択は否定しない
しかし、変異が遺伝しないんら方向性選択だけでなく安定化選択も働かないはず
ここはつじつまが合わないが、さらに妙なことに、今西は種が変化するときには変異も遺伝すると考えていたようだ
今西の考え
ある時期がきたら数世代の間に首の長さが普通のキリンすべてに、首が長くなる変異が起きる
そしてみんな首の長いキリンになるという
さらに、この変異は遺伝すると考える
つまり、首の長い親からは首の長い子供が生まれる
これなら自然選択なんか働かなくても首は長くなる
なぜすべての個体に突然同じ変異が起きるのか、なぜ今まで遺伝しなかった変異が突然遺伝するようになるのか、それらについては説明がないのでわからないが、とにかく今西の考えた進化の仕組みはこういうものらしい
今西が進化について自説を展開している時代には、トーマス・ハント・モーガン(1866~1945)などによる実験遺伝学がすでに確固たる地位を築いていた 今西はその突然変異についても、基本的には先程と同じ見解を表明している
「(生物が進化するときには)比較的短時間のあいだにある変化を遂げるため、方向性のある突然変異が、継続的におこるのでなければ、間に合わないはずである。〈中略〉必要が生じたときには、生物のほうで、突然変異のレパートリーの中から、これぞという切り札を出すことによって、危機を乗りきろうとする。〈中略〉どの個体もが同一の突然変異を現わすのでなければならない」(「正統派進化論への反逆」、括弧内は筆者)
ところがその後、なぜか今西は突然変異を認めなくなる
「(生物が進化するときには)比較的短時間のあいだにある変化を遂げるため、方向性のある突然変異が、継続的におこるのでなければ、間に合わないはずである。〈中略〉必要が生じたときには、生物のほうで、突然変異のレパートリーの中から、これぞという切り札を出すことによって、危機を乗りきろうとする。〈中略〉どの個体もが同一の突然変異を現わすのでなければならない」(「正統派進化論への反逆」、括弧内は筆者)
それから再び今西は、突然変異を認めるようになるが、それが進化に関わることは認めなかった
「これ(ショウジョウバエの突然変異体)を見て、これらはみな正常なショウジョウバエの個体に、なりそこなった『かたわもの』ばかりじゃないか、こんなものから〈中略〉自然にみられる正常な亜種や種が、新たにつくりだされるなどとは、とうてい正気では考えられない、という印象をうけていたのである。〈中略〉生物の種は、みな、こうした『できそこない』や『かたわもの』に由来するということになって、なんとも不愉快な、受けいれにくい進化論になってしまう」(『主体性の進化論』、括弧内は筆者)
このように今西の主張は次々に変わるので、把握するのは難しい
(3)に対する批判
通常の進化学では「子どもが生殖延齢までより多く生き残る」ことに役立つ形質を適応した形質という 今西の主張に反して、自然選択が実際に作用することは多くの研究で実証されている
自然選択が作用するためには生殖年齢まで生き残る子の数に少しでも差があれば十分であり、片方が餓死する必要はない
中間値を認めず100%と0%と解釈するのは今西が好んで使う論理である
今西は適応に懐疑的だから、自説の展開に適応を使っていないかというと、かなり頻繁に使っている
時間とともに意見が変わるだけでなく、一つの論説の中で意見が変わることもある
このように今西の文章はかなり自由なので、あまり細かく読んで論評するのは意味がないかもしれない
今西の殆どの主張に共通する部分をまとめ、今西進化論における進化の姿を描き出してみよう
次節は私が今西になったつもりで書いてみたもの
今西進化論のすがた
川の流速のような環境によって棲み分けているように見える
しかし天気などによって流速は変化する
流速だけで生息場所が決まっているなら、流速の変化によって生息場所も移動するはずだが、そうはならない
したがって、棲み分けという現象は、環境だけで決まるものではなく、基本的には生物自身が決めている 4種のヒラタカゲロウの分布は接しており、その協会には行き来を妨げる壁のようなものはない
したがって棲み分けを決めているのは、ヒラタカゲロウ自身の行動だ
もしヒラタカゲロウが個体ごとに勝手な行動をしていたら、棲み分けはできない
個体播種ごとにまとまり、その種と種が棲み分けている
したがって、個体は何らかの力で種に統制されており、種同士の境界は明確で、交雑はしない
種もまた生物全体によって統制されている
同じ種社会に属するすべての個体は、種の規格に合った個体
個体ごとに変異はあるが、それは規格の範囲に収まる変異なので、生存率に差はない
したがって、自然選択というものはありえない
このように通常は種社会は変化しない
しかし変化するべきときがきたら、種社会は規格の外に出て、種の境界を超える、つまり進化をする
このときは種社会に統制されながら、すべての個体が吸う世代のうちに一斉に変化する
進化は個体レベルではなく種レベルで起きるのである
進化を起こす原動力となるのは超越者のようなものではなく、生物の中と外の両方にある一定の方向へ向かっていく力である
今西進化論に対する誤解
もちろん今西進化論は正しくない
今の所、種がそれぞれの個体に何らかの統制をしている証拠はないし、自然選択を完全に否定するのは論外だろう
今西進化論の中で一番大事であり、一番奇妙でもあるのは進化を起こす力
どうして現在でも今西進化論は一定の人気があるのだろう
おそらくキャッチフレーズのせい
ダーウィンが提唱した自然選択説は「競争の原理」で、今西進化論は「共存の原理」だと対比されることもある
あるいは自然選択説は生物の主体性を認めないが、今西進化論は主体性を認めると言われることもある
しかし、自然選択の結果、共存している生物はたくさんいるし、主体的といえる進化をする場合もある
とはいえ、そんなことはどうでもいい
進化説で大事なことは好き嫌いではない